北野白梅町近くの閑静な住宅街の中にある、戦後すぐに建築された近代和風の住宅が「たまのお」の拠点です。

製薬会社からの転身

大阪で生まれ、3歳の頃に祖父母の自宅である現在の北野白梅町の家に引っ越す。地元の衣笠小学校を卒業後、京都教育大学附属の中学高校を経て、京都大学農学部そして大学院修士課程に進む。京都教育大学附属の同窓生たちは、茶道、狂言、華道、西陣織の老舗の子息など、代々の京都人が多く、自分はいわゆる本当の京都人ではないと思いながら過ごす。京都大学では有機化学を専攻し、環境に負荷をかけないで作物の収量を上げる方法や栄養価の高い作物を作る方法など幅広く学び、修士論文では「遺伝子組換えイネのアミノ酸二次代謝物のプロファイリング」という研究を他大学及び行政との共同研究の一環で行った。

その後、今から15年ほど前に、日本有数の製薬会社に就職し、関西の研究所配属となる。勤務するうちに会社組織そのものや株式会社としての社会貢献と利潤追求とのバランスなど徐々に疑問が湧いてくる。薬の開発には膨大な時間とコストが掛かり、医薬品として世に出る確率も圧倒的に低いが、継続しなければ会社の存続が危ぶまれる。入社する少し前までは、長い間4大疾患(糖尿病、高血圧、ガン等)の薬の全盛期で製薬会社は成長期であった。開発化合物が医薬品として承認される確率も高く、給与水準を含めて社会的ステータスの高さを当然のことと受け止めていた。その後、ジュネリックの使用が推奨され始めたり、医薬品開発も従来の方法ではなかなか難しくなったり、製薬会社の置かれている環境は大きく変わってきたが、それを認識しにくい人も居た。無意識に会社の力を自分の力と錯覚していることも恐ろしいことだと思うようになった。

入社8年目に労働組合の専従に異動になり、勤務地も関東となる。経営陣と接触する機会が増えてきて、今まで雲の上の存在だった部門長と同列の扱いとなり、社長と対等な話し合いの場に参加することになる。経営者目線に立つ機会を与えられ、他業種の労働組合の人と話す機会も増えてくると、製薬会社の社員が如何に恵まれているかが良く分かるようになる。給与も福利厚生も国内トップ水準にあるのにそのありがたさが十分にはわかっていない人が多いと思うようになる。そういった様々な要因が重なり、入社11年目に退職した。専従のまま退職した初めてのケースだったので会社も扱いに苦慮したと聞いている。

 

歩む道を求めて

会社を辞めることを先に決めて、次に何をするかはぼんやりとしか考えていなかった。何をしようか、何ができるかを考えたところ、一つは、会社員時代にパン教室でパン作りを習っていたため、自分でもパン教室をやれると思った。今一つは、自分自身のアトピーを治療するために食事療法を実践して劇的に改善された経験があり、食はとても大事な要素なので自分の手で作物を作りたいと思った。その二つが実現できる環境に行きたいと思い、神戸市に畑付きのシェアハウスを見つけた。会社員時代当時住んでいた湘南の海も思っていた以上に良かったけれどもやはり関西に帰りたいということもあって即決し、神戸で2年ほど暮らす。

脱サラをして、年金などの社会的保障に頼らずに生きていくという仕事を選んだ時点で身体が何よりも一番大事な資本と考えるようになった。死ぬまで働けるしっかりとした身体作りをすることがとても大事だと思うようになり、食も良いけれども直接人の体に触って体調を整えたり改善することが自分のためでもあり人様にもお役にたてると思うようになる。それが3年前のことで、当時家庭の事情もあり、京都に戻ることになる。

 

仕事(ライアーとスパイラルフォース)との出会い

ライアーとは竪琴のことを総称したもので、古代から今まで色々な形のものがある。私が使っているライアーは15年ほど前にドイツ人のアンドレアス・レーマン氏が考案したヒーリングに特化したタイプのもので、ソウルサウンドライアーといい、ドレミ音階ではない特殊な音階のものである。

楽譜もなく心の赴くままに即興で奏でるものである。使い方は様々で、人の体に当ててリラクゼーションの施術としたり、コンサートをする人もいたり、施設で演奏して心のケアをしている人も居る。

ソウルサウンドライアーとは会社を辞めるタイミングで出会い、ライアー制作ワークショップに参加した。長野県で5日間の合宿ワークショップでライアーを作り、それ以降ライアー体験会を開催したり、瞑想に使ったり、施術の時に奏でたりしている。

スパイラルフォースとの出会いは、もともと知り合いの紹介で自分の体のケアのために施術を受けに大阪に通ったのが始まりである。その後自分が施術をする側になろうと思った時に、セルフケアのできるスパイラルフォースを選び、施術士の養成講座に通った。

3年ほど前、直接人の体に触って体調を整えたり改善することを生業にしようと思った時に、ライアーとスパイラルフォースを手段とし、自宅サロンを開設して施術を始めた。

それ以降にも、様々な身体を整える手技手法を習得してオリジナルとして施術に取り入れている。

 

会社員のように組織に動かされるのではなく、自分で自分のことが決められる状態が自分に合っていると思えた。将来のことはどうなるか分からないが、人と接してその人がより健康になっていくお手伝いをずっとやっていくことは続けていきたい思っている。

最初は知り合いから口コミで広がってきている。たまにブログやホームページを見て来られるお客様もいらっしゃる。施術を通じて自分が成長できていると感じられることが嬉しく思っている。会社員を続けていては気付けないことだった、と今更に思う。

西陣R倶楽部との出会い

神戸の垂水に住んでいた時に1年間、岡山の米作り教室に通い、そこで岡山の友人と知り合い、米作り教室が終わった後もお付き合いをしていた。私がボディーセラピーの仕事を始めた時に、その友人に広島の尾道に面白い療法院があると紹介され、さらにその療法院の立ち上げメンバーがちょうど京都に転居されたところだと紹介され、その方と京都でお会いした。その方が、西陣R倶楽部の会員であったツキトタネの竹本さんで、彼女を通じて京都での新しいご縁をいただくようになる。少し動き始めると新しいご縁をいただき、それがまた縁を結んでいくので、そういう風に自分の思いもよらぬところでご縁が広がっていくこともとても面白いと感じている。

 

今の仕事は始めたばかりで今後どうなるか分からないが、私のやってきたことや歩んできた道のりを知っていただいて、サラリーマンなどで人生に閉塞感を感じている方に少しでもゆとりや余裕、人生には常に別の選択肢があること、それを選ぶことは誰でもいつでもできるということを感じていただけたら、とてもありがたいことだと思っている。

 

店名 ボディーセラピーサロン たまのお
名前 森野 桂子
住所

京都市北区北野白梅町 徒歩3分

電話番号
営業時間 営業時間:9:00~21:00(完全予約制)
定休日 不定休
webサイト https://www.bodytherapy-tamanoo.com
その他

お問い合わせ、申し込み:https://ws.formzu.net/fgen/S63161231/