錦織作家 龍村周(たつむらあまね)氏

光峯錦織工房(株式会社 龍村光峯 代表取締役) 

一般財団法人日本伝統織物研究所 代表理事

光峯錦織工房(こうほうにしきおりこうぼう)のアプローチの吹き抜け空間に足を踏み入れると、代々の錦の作品が並び、見る者の目を奪う。

【代々の名人が蓄積した龍村の錦】

龍村周氏によると、偏が金で旁が帛(織物)からなる錦という文字が表すように、まさに金に値する最上級の織物を錦という。

織物は、経糸と緯糸の交わる点で表現するが、経糸と緯糸の交わらせ方を織物組織といい、平織とか綾織りなどの名称で呼ばれる。錦は、一つの織物の中に様々な組織を組み合わせることにより、立体感を出したり、金糸や金箔を組み合わせることにより、多様な表現ができるところが錦の魅力である。

錦の龍村は周氏の曽祖父にあたる四代前の龍村平蔵に始まる。大阪の富裕な商家に生まれたが、独力で織物業をはじめ、徐々に織物研究に没頭するようになり、法隆寺や正倉院に伝わる古代裂など伝統的な織物の研究し、復元をしてきた。同時に、その古代の技術に学んだことを新しい織物に生かして作品として制作し、事業としても拡大させた。

そして、二代目龍村平蔵の時に今出川通の白峰神社の向かいに住まいと工房を映す。初代と二代目で数えきれない古代の織物の復元をしてきたが、龍村の会社が3つに分かれて、周氏の父は龍村光峯(二代平蔵の息子)を名乗り、現在の地に移り、織物美術家としての立ち位置で龍村平蔵の思想を継ぎ、今日の龍村光峯の基礎を築く。

その復元事業は、総合的復元事業とも言えるもので、蚕の育成方法に始まり、糸の仕様、染料、機の仕掛け、道具類に至るまで総合的に研究し、かつてと同様の織物づくりの環境を整えて、同じように織り上げている。

このことによって、職人の仕事を作り、技術を伝承し、道具の保存を行うことができるという。

 

【周氏の多様な取り組み】

四代目となる周氏は、東京造形大学を卒業後、今から20年前に京都に戻り龍村の仕事に取り組み、「むらさきエリア」で、多様な活動を展開している。伝統織物を制作するだけでなく、父の光峯氏が創設した一般社団法人日本伝統織物研究所の代表理事として、初代から継続してきた、古代織物や名物裂の研究・復元事業を通して織物職人の育成、技術の継承、道具の保存に取り組む。加えて、織物文化サロンを開催し、国内外での伝統織物に関する講演にも取り組む。

光峯織物工房には、主に木製のジャカードを乗せた高機(たかはた)が9台あり、中には100年以上前から使っている高機や、広幅の高機など多様な機織り機を現役で稼働させている。

手織りの高機を使って、まさに美術品作品といえる錦を制作している。

 

 

 

また、周氏は歴代の龍村の当主でただ一人、自ら機を織ることができる。このことを生かして、工房見学や機織り体験なども開催し、国内外の未就学児からシニアまで幅広い方々に錦の文化と技術の体験をしてもらっている。多くの方に伝承の技を伝えようとする意欲を感じさせる。

一方で同志社大学でプロジェクト科目の嘱託講師をしており、学生たちが自ら考えたテーマに1年間かけて取り組むというものであり、この対象に錦や「むらさきスタイル」などをテーマにしていくことも、視野に入れている。

 

 

 

【工房の作品群】

まずは、基本となる古代織物の復元作品で、左から奈良時代の聖武天皇ゆかりの裂、真ん中は平安時代の神護寺ゆかりの裂、左は室町時代の阿須賀神社ゆかりの裂である。

 

 

 

 

これは、京都迎賓館の主賓室に掲げられた作品の元となった作品。繧繝縁(うんげんべり)という畳の縁をモチーフにして光のワードというイメージで作った作品。(写真が違いましたので入れ替えました。)

 

 

 

 

 

 

そして、東宮御所に納めた瀬戸内海の海の様子をあらわした作品。色数は100色にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

次に「紫の追憶」という作品で、源氏物語千年紀の記念に父 光峯が制作した作品で、本編には無い光源氏が生まれてくる場面を想像で製作。1年間は研究に充てて、1年かけて織り上げた。創作でもあるので、隅に紫式部を描き、紫式部の回想シーンというイメージで製作。

 

 

 

 

 

これは、「ヴィエリチカの宝」という作品で、塩の地下宮殿といわれるポーランドの「ヴィエリチカ岩塩炭坑」をモチーフにしている。光の当たり具合により、色彩が変化して見える。これは、絹糸の繊維の断面が三角形となっていて、ちょうどプリズムのように光を拡散することから、これを計算して織ることで表現できる。同じ理屈で背景の色を変えることでマジックのように作品そのものの色彩が変化する。

 

 

 

 

次に皇太子妃殿下(現皇后陛下)ご婚礼支度品として制作した「雅の松」。

 

 

 

 

 

 

 

そして、最近は少なくなった本袋帯。袋状に織り上げる技術を継承しており、縫い目が無く、中に帯芯を入れていないので、軽くて体になじみ、締めやすい帯となっている。

 

 

 

 

 

 

これは、果物や樹皮、木目など様々な物の質感を織物で表現した作品で、錦はこういうものも織ることができる。

 

 

 

 

【これからの龍村光峯】

これまでのスタイルを継承していくことを第一に考えていきたい。

そして、織物は世界共通の文化であり、海外の方々も錦に興味を持っていただいているので、世界に錦を広めていく活動も展開したい。20年前に父 光峯がヨーロッパで作品の巡回展を行った際には、多くの共感を得た。

同時に、日本の織物と同じ状況が海外でも起こっている。機械化、合理化により職人や技術が継承されなくなり、良い織物が作れなくなっている。このことも共有しながら、世界の人と一緒に状況を変えていきたい。そのためにも、錦のすばらしさを世界中の人に知ってもらえるようにしたい。

世界中の方々に工房に来ていただき、職人の技術を見ていただいたうえで、錦を購入していただくような流れをできれば、職人の技術や道具の継承などに大いに貢献すると思う。

店名

光峯錦織工房

名前

龍村周(たつむらあまね)

住所

京都市北区紫竹下ノ岸町25

電話番号

075-492-7275

営業時間

定休日

webサイト

https://www.koho-nishiki.com/

その他

工房見学、体験:平日土日可(事前予約制)
WEB予約で一部受付可


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