第7回 西陣R倶楽部 話題提供 ANEWAL Gallery

第7回西陣R倶楽部
話題提供 NPO法人 ANEWAL Gallery(アニュアル・ギャラリー)
代表理事 飯高 克昌氏
日時:平成30年9月10日(月)午後7時~午後8時10分
場所:TAMARIBA

<会長挨拶>
近年、強い勢力の台風や地震という自然災害が頻発しています。今後、猛暑も含めて気候が厳しくなってきます。その中で、復興しない町という存在が増えてくるのではないかと思っています。東日本大震災のときにもそういう状況を否応なく見せられました。人口減少と相まって、災害から復興しない町や村が増え、同じ場所に町や村を再建しないという選択がなされてきます。都市の中でもそういうことがじわじわと起こってきます。人口ボーナスという人口が増えてくる時代から人口減少社会へ移行する中で、これまでの今日よりも明日の方が物が売れるという社会経済モデルの転換が始まっています。町の中でも住宅は建てすぎです。自転車操業をしないと立ちゆかない事業が存在するからです。家族が消滅し、お年寄りが消滅するという人口減少の時代になりますが、災害によって折れた木々や電柱、陥没した道路等を修復しないという選択がされていく様子を見ることになります。その中で本当に生き残る町、レジリエントな都市とはどの様な社会構造であるのか、真剣に考える時代がやって来ています。生き残る町、会社、家族、家はどういうものであるかということを災害の都度、しっかりと考えていくことが重要になります。そういうことを考えさせられる1週間でありました。
今日は、そういう時代にあって、アートがまちづくりに果たす役割りについてお話しが伺えることを楽しみにしています。

<話題提供>
最初に自己紹介をします。東京の下町の清澄という辺りで生まれ育ちました。幼稚園は築地の魚河岸の近くでした。東京造形大学で都市計画を学び、京都精華大学の建築に編入、卒業後、設計事務所に2年ほど勤務しました。自分で何かやりたいと思っているときに現在の町家と出会い、今日に至っています。
アニュアル・ギャラリーは、私も含めいわゆるクリエーターの集まりです。皆さんのお手元に作品の一つをお配りしています。世界最小の紙製CDパッケージです。一枚の紙をS字にくるんでカバーするもので、特許を取得しています。実家が広告代理店をしている関係で、こういったものの企画やデザインをしたりもしています。また、美術館やアパレルのブランディング、デザインワークを一緒に作っていくデザインディレクターの仕事をアニュアル・ギャラリーと並行して行っています。
現在、アニュアル・ギャラリーは現在3つの拠点があり、堀川今出川の白峰神社の裏側の築130年超の町家を自分達で設計・改修を行いギャラリーとヘッドオフィス、そしてアーティスト・イン・レジデンス拠点として使っています。その北側、ヘッドオフィスから徒歩3分程の路地中にある織屋建ての長屋を改装し昨年11月にANEWAL Gallery 現代美術製作所をオープンしました。そして、今出川通を西に行った等持院駅の北側に今年の3月に京都市の空き家助成と、大家さんにご協力いただき改修を行ったKKARC:衣笠アートレジデンスというスタジオを備えたアーティスト・イン・レジデンスの為の施設があります。
アニュアル・ギャラリーは元々、金糸問屋であった町家でした。元々、建築設計をやっていたので自分で改修しようという思いで借りましたが、図面を描く事と実際に手を動かす事のギャップに苦しみつつ、お金も無いこともあって、一段落するのに3年かかりました。改修の方針として、漆喰を綺麗に塗り直さないこととしました。京町家が経年変化の中で醸し出す独特の力強さのようなものを、漆喰の毛羽だったテクスチャーに感じていたので、そのまま残しました。またその改修の課程で色々な方と知り合うことが出来ました。一緒に作ってくれる大工さんとの出会いや(後にアニュアル・ギャラリーに一緒に住むことになります)、現在中核をなしているスタッフが出入りするなど、ここを中心に人が集まってくれるようになりました。
ギャラリーと名が付く空間ですので、内部での展示などは数多く開催しました。またNuit Blancheなどアートフェスティバル的なものにも積極的に参加し、KYOTO GRARHIE 京都国際写真祭のサテライト・イベントのKG+には、第一回から参加し今年はファイナリストまで残る事ができました。最近の傾向として、フランスやオランダなど海外作家の展示が増えてきています。
内部展示を行う一方、アニュアル・ギャラリーは「外に出るギャラリー」をコンセプトとして活動しています。ギャラリーが外に出ると言うことは、アーティストも外に出ると言うこと、キュレーターも外に出ます。外とは主に公共空間を指します。私たちにとって、ギャラリーとは”新たな価値観と出会う場所”と位置づけ、アーティストを公共空間に連れ出し、アーティストも地域住民も相互に新しい価値観と出会う機会を都市空間の中に作りたいという思いでこういうコンセプトにしています。15年ほど前に活動を始めましたが、アーティストは外に出たいという思いがあり、その一方で町の人達はアートの力でまちおこしや地域振興を図れないかという期待が顕在化してきていました。しかし、両者の間に齟齬があるように感じたので、アニュアル・ギャラリーは、その間を繋ぐような存在になりたいと思って「外に出るギャラリー」というコンセプトとしました。

ではこれから、ギャラリーの外で活動した事例を紹介させていただきます。私たちの活動は、大きく3つに分類できると思っています。第一には地域・環境系。第二に文化・芸術系、第三に主に子どもや大学生・留学生を対象とする教育系です。
まず、文化・芸術系です。京都府庁旧本館で春の一般公開というのがありますが、もっと若い人に来て欲しいという相談を受け企画したECHO TOURというアートイベントを2010年から開始しました。空間と響き合うパフォーマンスや作品展示を行いました。旧本館の中庭でペンキをぶちまけるパフォーマンスや、白塗りをしたパフォーマーが旧本館の中を練り歩いたり、貴賓室で演劇をしたりしました。4年間続けましたが、私たちの負担としては相当なものだったので一旦区切りを付ける意味で、Musee Acta 京都府民美術館(ミュゼ・アクタ)という企画に主旨換えをしました。旧本館の活用に関する府民アンケートで最も多かったのは、美術館を作って欲しいという要望でした。それなら、府民と共に作る美術館を作ろうというコンセプトでこれまでの集大成として企画実施しました。ワークショップを数多く開催したり、フランスの高名な振付家と府民が1週間、レッスンをしてパフォーマンスを行うなど参加型の企画を数多く盛り込んだ他、プロジェクション・マッピングを行い区切りとしました。今年は、Multi Layered Identitiesを開催しました。5人の海外のアーティストを招聘し、西陣の寺や、衣笠のレジデンス、アニュアル・ギャラリーなどに滞在してもらいなどアーティスト・イン・レジデンスを軸に、寺の住職と対話したり、座禅に参加する中で作品を制作し、西陣のまちで展覧会を行うというものでした。発表会場はお寺の他にカフェでマレーシア(政治的な出版物などに強い制限がある)の作家を招いて本のイベントをしたり、ANEWAL Gallery 現代美術製作所でオーストリアの作家の展示をしたりと同時多発的に行いました。地域の人々と多くのコミュニケーションを図ることを盛り込んだ取り組みでした。
次は教育系です。元西陣小学校の夏祭りのイベントして企画したものです。解体前のプールを掃除して、子どもたちと水遊びをしたり、大きな絵画作品を描いたりしました。また、留学生の為のワークショップを企画する他、積極的にインターンシップとして受け入れ、アーティスト・イン・レジデンスで翻訳や通訳を手伝ってもらったり、地域の子どもたちとワークショップをしたり、地蔵盆で流しそうめんをやったり、色々な場面に連れ出して日本の生活・文化に触れてもらう機会を設けています。
次は、地域・環境系の活動です。まずは、2005年の第1回から関わった楽町楽家の取り組みです。京町家再生ネットの主催でロゴのデザイン・ポスター制作等を手掛けました。楽町楽家は、それまで様々な京町家でバラバラに行われていたコンサートやお茶会など様々な活動を1ヶ月くらいの間に集約して開催し、京町家に親しんでもらい、楽しんでもらうという主旨で開催されたもので、第1回全国町家交流会のプレイベントという位置付けでもありました。そして20~30軒の町家が集まるこの機会ならではの企画ということで始めたのが「都ライト」という町家のライトアップイベントです。今年14年目を迎えるロングランの活動となっています。都ライトの活動の中で外に出て、地域の人と対話しながらプロジェクトを立ち上げるということを学びました。現在数多くのライトアップイベントがありますが都ライトは、建物の中から外へ光を放ちます。町家の中には西陣織りを含む西陣の生活文化が色濃く残り、家の中から放たれる光はそのことを強く意識させてくれます。そういう生活文化を内包する京町家の町並みを保全することを意識してもらうためにライトアップする通りを線で繋ぐぎます。3日間、町家に灯がともる町並みを見て廻り、綺麗なだけでなく逆に歯抜けになっている状態を認識してもらい、普段見ている風景の中にある課題を認識して欲しいと思い開始しました。そして2年目から学生主体のイベントに切り替えました。ボランティアベースで町の人にお願いするのに、社会人が行くより学生が行く方が親身になって聞いてもらえますし。また、学生ももっと京都の町に出て行きたいという思いもあったので、学生主体の実行委員会にして、アニュアル・ギャラリーは事務局として活動をサポートする立場としました。未だにその体制で運営しています。
 次に、文化庁の助成金を頂いた大きなイベントですが、岡崎にある細見美術館が所有している伊藤若冲作品を活用し地域振興に繋げるというプロジェクトです。若冲作品のレプリカを制作し、それを絵の題材や若冲のエピソードにちなんだ場所に展示し、同時に、錦市場の商店街など若冲にちなんだ京都市内各所でレクチャーやワークショップを行いました。それに合わせ若冲研究の第一人者などをお招きしたシンポジウムを京都造形大学の春秋座で開催しました。さらに、イギリス・ロンドンで大英博物館の東洋美術のキュレーターの方々と若冲についてトークセッションを行い、実物大の金屏風絵を含めたレプリカ展示をしました。

今回の話題提供を契機にアニュアル・ギャラリーの活動理念を整理してみました。まずはCOMCEPTがあり、そのコンセプトをどの様に企画としてまとめるかというHOW、どの様にアウトプットするかというCOMMUNICATION。その3つの課程を縦に通す軸がアニュアルにとってのデザインという行為になります。COMMUNICATIONはデザイン制作物を含めたアウトプット全体に当たり、今日、いくつか事例を見ていただきました。
Howについてですが、人と空間と目的を如何に組み合わせるかということになります。地域の方や伝統産業に携わる職人、アーティストというプレーヤーの活動に密接に関わる場所はどこで、その活動で何を達成したいのかというのが目的に当たります。その目的のために人の資源、空間の資源を如何に組み合わせるかということを考えて活動を計画します。
次にCOMCEPTですが、これはアニュアルの活動にとって畑のようなところで、社会的課題、文化・芸術、地域・環境という言葉で整理しています。いくつか連想する言葉を並べますと、社会的課題としては、空き家、独居、自然環境、国際化、差別、社会包摂、教育、親子、町並み、景観、地域振興などが挙げられます。文化・芸術は、国際交流、伝統産業、技術、職人、日本美術、地域の催事、生活文化、景観などが挙げられます。地域・環境は、町家、空き家、文化財、寺社仏閣、産業、歴史、景観、路地等です。これらを頭の中で混ぜ合わせて、コンセプトが浮かび上がってきます。
現在、関心を持って取り組んでいる事例として、路地の取り組みをご紹介します。路地は設立以前から気になる存在でしたが、ようやく昨年から少しずつ取り組んでいます。最初は、東京の墨田区向島からドンツキ協会の方々をお呼びしてドンツキクエストという路地の町歩きの後、ドンツキ会議を行い、路地でできることのアイデア出しを参加者と共にしました。そして多くのアイデアの中から「路地であそぼ」というシリーズを始めました。路地は、空き家や居住者の高齢化、家屋の高齢化、再建築不可、防災など多くの問題に囲まれた存在です。一方、子どもの家と学校の間の活動に関する論文を拝見すると、遊具が設置されて遊ぶことが準備された公園で遊ぶことがほとんどでした。もっと寄り道が出来るような場所はないのかと考えていました。そして、路地をもっと元気にするためにはどうしたらいいかと考えたときに、車が入ってこない、子どもが安全に遊べる空間として評価できるのではないかと発想しました。自分自身も路地に住んでおり、目を離しても近所の人が見てくれているというコミュニティの存在を実感しています。そこで、子育て世代に路地の良さをアピールするために「路地であそぼ」を企画しました。「ろじおに」や「ろじどん」、「ろじの落書き」など路地でないとできない色々な遊びを企画しこれまでに2回実施し、今後も継続していく予定にしています。そして今年から、路地に関する情報発信の取り組みを始める予定にしています。路地の物件情報や、路地の遊びの紹介、路地に住む方のインタビューなどを掲載しようと思っています。
最後に「上京OPENWEEK」の紹介をします。このイベントは今年で4回目になり、上京区で創造的な活動をしている個人や団体、企業を上京区内外に紹介するイベントです。今年も11月に実施予定で、上京区役所で各活動のプレゼンテーションを行ったり、都ライト、西陣マルシェ、京都府のまちかどミュージアムとの連携などを予定しています。皆さんにも是非、何らかの形でご参加いただきたいと思っています。

<質疑応答>
寺田)「外にでるギャラリー」というコンセプトですが、地域内に限らず国内外のアーティストと地域との関係をつくり、社会的課題の気付きや解決に繋がる切っ掛けづくりをされていると理解をしました。そういう意味では、アニュアル・ギャラリーの活動において海外からの刺激が大きな比重を占めると思います。そういう意味で、海外からの観光客の存在をどの様にとらえて行こうとされているのか、お考えを聞かせてください。
飯高)アニュアルが接する海外の方の99%はアーティストとか研究者の方々です。インバウンドの人達と接する機会はほとんどありませんが、インバウンドを専門に活動している団体や外国の女性をターゲットにしている団体のサポートをすることがあります。我々は制作が出来ますので、昨年は、国際結婚をして日本の文化・風習のことがまだ良く理解できていないパートナーをサポートするためのムービーを作りました。そのムービーの企画、制作、編集、リリースまでを担当しました。今後、アニュアルとして直接的な関わりがあるとすれば、町内会とインバウンドの関係性のデザインであったり、町中の案内サインのデザインであったり等が考えられます。さらには、空き家の情報提供の一環でインバウンドとの関係を考えなければならなくなるのかなと思っています。
寺田)アートでまちづくりということが話題になりますが、アートが具体的な経済的価値を生み出していくという仕組みやメカニズムをどの様に考えておられるのかお伺いします。
飯高)アート作品そのものが地域の価値を上げるということは余り無いのではないかと思います。アートに関わって地域の価値を上げることがあるとすれば、一つは作家が大成することではないかと思います。その時に、地域がその作品や作家に与えた影響、思想的な部分が明らかになることで地域の価値向上に繋がるのではないかと思います。もう一つは、作家や作品ではなくて、地域に住んでいる人や地域に関わる人が地域課題に対して創造的に取り組むということがあるのかなと思います。アニュアルとしては後者を進めていきたいと思っています。地域の人にアート的な考え方やデザイン的な思考に触れていただくことによって、もっと発想の幅を広げていただくことが良いのではないかと思っています。遊び心などはその代表的な思考だと思います。
寺田)アート的なというか、参加すると面白い色々なことを、地域住民でない人が仕掛け、地域住民も参加してやっている間に地域空間の変化が目に見えるようになる。そしてそれらがさらに変化を生んで、参加者が増え、空間が整備されていくことにより地域が経済的にも活性化していくことになるということでしょうか。
飯高)アートに触れた地域の人自身が価値を作るということかなと思っています。アート自体が価値を作るということは余程大規模なイベントでなければ無いのでは無いかと思っています。
宗田)アートとかアート的とか行っていますが、もはやアートには実態が無いのです。絵とか彫刻、建築などもかつてはアートだったけれども、今は、なんでもアートで、まちづくりこそアートかも知れないし、アニュアル・ギャラリーがやっていること自身がアートだと言っても良い。つまり、かつては美術館は美術品を飾るところだったけれども、美術館を作ること、あるいはイベントを企画することがアートになっている。若冲の絵よりも、若冲の絵をどの様に見て語るか、楽しむかということがアートになっている。そういう見方で考えると、オーソドックスな絵とか彫刻がまちをどうこうするということでは無いと思う。そのオーソドックスな絵や彫刻を作っているアーティストがまちをどうこうすることも無いのではないか。
飯高)アニュアル・ギャラリーがアーティスト・イン・レジデンスに応募してきたアーティストを選ぶ基準は、どれだけ町やそこに暮らす人々に興味を持っているか、外に対してどうアプローチし、何を地域にもたらす事ができるのか、そして熱意を評価してきました。人と人がくっついたときの何かしらの反応が価値だと思っています。
宗田)南山城村でアーティスト・イン・レジデンスをやっている彫刻家がいる。その人は木彫をやっていて、南山城の工房でこつこつ彫刻をやっていた。そこへ、村のお爺さんが、それも同じお爺さんが毎日ちょっかいを出してくる。いろいろケチを付けたあげくに「お前、こんなことをやっていてお父さん、お母さんは泣いていないか。」と聞いてくる。それを聞いた彫刻家は怒ってしまって「こんな村には住めない」と言い出した。そこで「ちょっと待ってくれ、そのお爺さんは、南山城の地元の人で、都会のギャラリーに行ったことは無いだろう。彫刻を見たことも無く、彫刻を評価する言葉も持っていないだろう。でも、その人は、あなたのことを毎日、見に来てくれて交流が始まっている。それが、アーティスト・イン・レジデンスということなんだ。そのことが分からなければ、木材が安いから南山城村に来ているということになる。たぶん、そのお爺さんは、あなたの彫刻かあなた自身か、どちらかが好きなんだ。だから、毎日やって来てはちょっかいを出してくる。」京都の西陣ではさすがに、そんな変な対立にはならないと思うし、カチンとくることも言わないと思うけど、似たようなことがアーティスト・イン・レジデンスの本質にあるわけで、地域住民もそのお爺さんのように幸せになるし、アーティストも世間が広がるではないか。
飯高)衣笠でやっているアーティスト・イン・レジデンスで、最初に、地域の一軒一軒にチラシを配って、説明会に来ていただきました。地域の為だけの説明会をして施設の紹介して存在を認めてもらえるようにしました。アーティストが来たら毎回、こういう人が来たと紹介して地域の人との会話が生まれるように取り組んでいます。
宗田)先ほどお話しいただいたコミュニケーションも大事なことで、彫刻を知らない人も多いし、彫刻そのものも一般的に言う綺麗という存在でもない。彫刻を表現するボキャブラリーを持ち合わせない人も多い。まちづくりでも都市計画は下水道や道路を造ることのほうが圧倒的に多く、一般住民と都市計画の専門家とのコミュニケーションギャップは圧倒的に大きい。アートは、一般住民とアーティストの間は遠いように見えるけれども、町にアーティストが出て行くことでコミュニケーションがスムーズになる。少なくとも、建設業者や土木作業員や下水道局長より、アーティストの方が住民に近い存在かも知れない。それが、アートが町に果たす役割であるコミュニケーションです。
飯高)ギャップは確かにあると思いますが、そのギャップがあるからアーティスト・イン・レジデンスをやるべきだと思います。私たちがやらなければいけないことは、そのギャップを如何になだらかに、平和に、楽しく埋めていくための雰囲気、機会をつくりその結果が地域にとって大切なことだと思っています。
宗田)そうすることで、住民も少し世間が広がり、アーティストも地域が好きになる。お互いに得することになる。
飯高)アーティストのコミュニティはすごく狭いので、国に帰ると他のアーティストにアニュアルを紹介してもらえます。それを聞いた他の国のアーティストがやって来たりします。そういう循環と地域との交流活動がリンクして良いサイクルが生まれると思っています。アーティスト・イン・レジデンスはあくまでも手段の一つだと思っているので、最初のプレゼンテーションでは、あえてレジデンスのことは話しませんでした。
宗田)2005年の全国町家交流会の楽町楽家や都ライトなどで町家を見せることで町家は綺麗だと思ってもらった。秋の新町通で二階囃子が聞こえてきて、明かりが漏れてくると、町家ってこんなにすてきなのかと思ってもらえた。また、普段、見られない町家のお座敷を見て感動したり、ザッハトルテの皆さんが演奏したリコーダーの響きに驚いたりして、町家の空間を再発見した。そのことによってみんなの町家に対する理解が広がったということが大きな成果だと思います。その対象を広げて、こんなに良い町か、自然てこんなに素晴らしいというふうに感じさせてくれる。それで、アートの最終の目的は、人生ってなかなか捨てたものでもないなと思わせてくれることではないか。
飯高)人を豊かにすることだと思っています。人が豊かになれば地域も豊かになります。
荒川)飯高さんの話は繊細な話でした。宗田先生の都ライトの話が分かりやすかったと思いますが、明かりを通すことによって逆に裏側の町家を掘り起こすという繊細なことをされていると感じました。それが、お話しいただいたコンセプト、ハウ、コミュニケーションというデザインプロセスの本質であり、アートを発信する人とそれを受ける人が共にそのプロセスを螺旋状にたどり、お互いの価値観や美意識を高めあっていくということなのかなと理解しました。ここで、質問ですが、こうした活動資金はどういう風にされているのでしょうか。
飯高)ケースバイケースです。若冲の場合は、文化庁から潤沢に予算が出ました。都ライトは地元の企業や有志の方からの寄付で実施しました。上京OPENWEEKもそういう方法にシフトしています。レジデンスの内、年1回の招聘プログラム以外は有償で実施しています。招聘プログラムであっても渡航費は自費で、広報物の制作、サポート、宿泊・制作場所の提供はアニュアルが行っています。レジデンスの運営は千差万別で、プログラムの数だけ仕組みがあるという感じです。
荒川)不動産業には、ま、だまだやるべきことがあるのかなと思いました。
赤澤)都ライト等は、「学まちコラボ」の審査を通じて拝見しており、長きに亘って継続されていてすごいことだと思っています。学生だけで活動を繋いでいくことは難しいと思いますし、関わりすぎても自然消滅したりします。飯高さんたちは、実際にどの様にサポートしておられるのでしょうか。それから、町と関わった学生達が、その後、町とのご縁をどのように生かしたり、繋がり続けたりしているのでしょうか。
飯高)まず、都ライトへの関わり方ですが、アニュアルのスタッフの全員が都ライトのOBですので、アドバイスは出来ますが基本的には放っておきます。けれども、一人だけ都ライト専従のスタッフを付けて、ミーティングには必ず参加します。さらに、機材の保管場所、ミーティングの場所を提供したり、制作物などのデザイン的なアドバイスをしています。私自身、アニュアル・ギャラリーの運営を始めるまで町家の中に入ったことがなく、大学とアパートの往復をしていました。せっかく京都に来て勉強しているのに、なんて勿体ないことをしたのかと思いました。さらに、他府県の学生がほとんどであるということから、学生に町家に入って触れる機会を提供したいと思い、2年目からは学生主体の運営に切り替えました。学生時代を過ごした町は、特別な存在だと思います。でも、大学とバイトとアパートの往復だけでは、町に戻って来るという関係性が生まれません。アニュアル・ギャラリーという場所が、京都に帰って来る入り口になればいいなとも思い都ライトの運営を学生主体に切り替えました。その思いは割と上手くいって、学生は卒業した後もフラッと寄ってくれます。東京や沖縄に就職した子も何かの機会に、京都に帰ってきてくれるということが生まれています。また、地域との関わりについては、都ライトで出会った大人達に就職先が決まらないという話をしたら、就職先を紹介してくれたりしました。コミュニケーションを積極的に図る学生は、沢山のものを地域の方から頂いています。地域の人もすごく楽しそうだなと思います。私自身、都ライトは、学生と地域の人が一緒につくる地蔵盆という位置付けのイベントになれば良いなと思っていました。
赤澤)京都の大学生の遠距離通学が増えており、京都で過ごす時間が通学時間を取られて減ってきています。学生が京都にとって単なるお客さんではなく、町と交わる機会がもっとあった方がよいと思っています。そういう意味では、アニュアル・ギャラリーが都ライトという場を作っていて、不思議な人達に引かれる学生達が町と接点を持っていることが大事なのかなと思いました。
田村)最近、アートとは何かということを思っていて、先日も代々木ゼミの寮だった建物をホテル・アンテルーというアートっぽいホテルにしているところに行ってきました。絵が至る所に飾ってあって、そんなにアートに詳しくない人間からすると、こういうのがアート・ホテルだなという認識を持っていました。今日のお話しを聞くと、コミュニケーションとか地域に根ざすとか色々なお話しが出てきて、そういう次元の話では無いなということは分かりました。そこで、質問ですが、アートとはなんなんでしょう。
飯高)端的な質問なので端的に答えると、僕は、アートとは「問いかけ」だと思っています。作品もそうです。作品が見る人に問いかけ、見た人も作品に問いかけます。さらに言えば、アートを通じて自分が世の中に対して何か問いかけられるかということだったりします。アートは、それぞれの人の中に何かしらの変化を起こしてくれるので「問いかけ」と考えています。先ほどの宗田先生の言葉を借りるとコミュニケーションプロセスを如何に他者と共有するかということが大切で、アートとはプロセスを可視化して他者が参加できるようにして、そこから何かを得て帰って頂くことだと思っています。もちろん作品自体の善し悪しもありますが、それは、僕らの活動にとっての優先課題ではありません。
田村)言語コミュニケーションではない非言語コミュニケーション全般を指してアートという感じでしょうか。
宗田)芸術とか美術のことを、わざわざアートと英語で言っているんだけども、そこで、もう間違っている。イタリア語のアルテという言葉がアートの語源ですが、ただ「技」という意味です。いろんな技がアルテで、その中の絵の技のことを美術といい、音楽の技のことをミュージックと言います。さらに、小さな子どもにお絵かきしなさいという時の「お絵かき」をディゼインと言います。大人が描くものをディゼーニョ、スケッチも建築の図面もディゼーニョと言います。ですので、アートは、ただ技を見せ、絵かきをしているだけのことであって、それが社会と関わるときにコミュニティになったり、アーティスト・イン・レジデンスになったりします。昔、絵とか彫刻がアートだった時代は、テレビも映画も無かった。今は、コミュニケーションのツールがものすごく発達していて、教会の中にダビンチが絵を描いていた時代の様にメディアが限られている時代ではないので、ありとあらゆる舞台がアートになっている。かつて、建築も立派な教会を作ることがアートだったが、今は路地の長屋を若い建築家がちょこちょこと手を入れると立派な建築となって、こっちの方が人に感動を与えている。町家を少し触るだけで今まで無かったようなすてきな空間が生まれてくる。隈研吾もすごいけど、京都の路地中のアーティスト・イン・レジデンスもすごいよねというぐらいに領域というかコミュニケーションできるツールが広がったということだと思う。そのことをアートが社会化しているとか、アートが現代化していると言って、色々な技を発揮できる場所、あるいは自分のデザインを発揮できる場所が増えている。一方、いわゆる既存の芸術家の先生達はアートを狭い世界、確立した世界に押し込めようとしている。それを若い人達が壊しに行っているのが現代です。次に、アーティスト・イン・レジデンスのアーティストについてですが、我々の廻りには少ないが、世界には、放浪するアーティスト、アーティスト・イン・レジデンスをもっぱらとしている人達が結構いる。絵描きや彫刻家、インスタレーション・アート、テキスタイルなどの中で、日本には、セラミックアーティスト(陶芸家)が多く滞在している。京都は国際芸術都市ですので、これからこういうアーティストが増えてくる。特に、西陣界隈は家賃も相対的に安く、アートに理解があるので、マレーシアやシンガポール、インドネシアなどから入ってくるようになるのではないか。そういうアーティストが集まり始めると京都は変わると思う。いわゆるボヘミアンのような人が京都の西陣に集まり、地域との化学反応で西陣の魅力が高まる、そんな時代が来ると思うので、それを期待したい。

<事務局長中締め挨拶>
本日は、遅くまで沢山の方にご参加いただきありがとうございます。アニュアル・ギャラリー代表理事の飯高様には本当に面白いお話しをいただきありがとうございました。私も、前々からアートで地域を活性化することに関心を持っていましたが、具体的にどの様なことになるのかと考えていました。今日のお話しを聞いて、何かヒントをいただいたような気がいたします。また、今日のお話しで、アートと我々のビジネスがずいぶんと繋がっているのかなと思いました。我々のビジネスも社会にある課題解決をすることをビジネスに繋げていっています。今日のお話しでも、アートも、社会の課題をどう表現し、発信するかということであると理解しました。そういった意味ではアートも我々のビジネスの世界も似ているところが多いと感じました。西陣というエリアは、ものづくり、アート、技が根付いているエリアです。飯高さんにご尽力いただき、西陣をアートで活性化していただきくことをお願いを申し上げて、中締めのご挨拶といたします。