第6回西陣R倶楽部
話題提供 株式会社らくたび 代表取締役 若村 亮氏
日時:平成30年8月20日(月)午後7時10分~午後8時20分
場所:TAMARIBA

<会長挨拶>
近年の国際観光需要は旺盛なまま推移していく。2000年の国際観光旅客数は4億人であったが、LCCの発達や中国等アジアの観光需要の増大に伴い、急速に伸びて、現在、約18億人に達しており、今後も伸びていくことが見込まれ、これに伴い、様々な変化が発生している。観光公害もその一つで、京都でも民泊問題や交通問題など市民の関心を集めている。社会の有り様が変わるということです。
「らくたび」さんの今日の話は、旅の形が変わるということと、観光客を受け入れる地域社会の方が変わるということです。町家の話も出てくると思いますが、昔は町家は住まいであり、商いの場でありましたが、今はそうではなくなっています。町家はいろんな意味を持つ、別の建物として変わってきていますし、京都の文化も変わってきています。
変わっていく地域社会の最先端を行くのがこの西陣だと思います。京都では、京都駅の東側の京都市立芸術大学を核とする再整備、西側には水族館、鉄道博物館、中央卸売市場を中心とした再整備が行われますが、これまでのハードを中心とする再整備とは異なるソフトを先行させるまちづくりです。そのソフトなプロジェクトの一つがこの西陣で起こっています。その意味で、若村さんの、文化を変える、まちを変える観光のソフトパワーがどのくらいの実力を持つかというお話しをじっくりとお伺いできると期待しています。このまちを変える文化の力というテーマは1年、2年かけてじっくりと議論するテーマだと思います。今日はその第一弾として活発な議論を期待します。

「らくたび」は京都の魅力を発信するということで本を制作したり、京都学の講座をしたり様々なツアー商品を企画していますので、今日は、その辺りの色々なお話しをさせていただきます。
今から12年前に32才の時に起業して、先日、8月18日に45才になり、もうそろそろ30才代と言えなくなってしまいました。8月18日といえば、1200年の時間差はありますが、偉大な宗教家、天台宗を開いた伝教大師・最澄の誕生日にあたります。また、400年前には天下を治めた「太閤」こと、豊臣秀吉が亡くなった日でもあり、また幕末には長州藩が京から追放された「八月一八日の政変」が起こった日でもあります。このように、皆さんも自分の誕生日から歴史に入ってみるとと、今まで全く興味がなかった歴史にもすこしは興味が湧いてくると思います(笑)
このように見えない歴史を見ていくと、そこにはたくさんの魅力があります。「らくたび」のキャッチコピーは「好きだから伝えたい京都がある」で、見えない京都の魅力を如何に人びとに見せることができるか、そこに人びとは価値やロマンを感じて、京都に観光に来たり、京都本を読むなど、様々な方法で京都の魅力を見つけにやって来ます。今日は、私たち「らくたび」が事業として推進している“京都の魅力発信”の方法をご紹介したいと思います。

その前に、今日はせっかくの講演の機会をいただきましたので、まずは「なるほど!西陣検定」と題して、皆さんに、西陣や紫野に関する歴史クイズを5問、解いていただきたいと思います。簡単な問題は選択肢2択から回答していただき、次第に問題は難しくなり、最難関は4択問題とします♪ さあ、皆さんがどれくらい出来るかチャレンジしていただきます。

【 第1問 】
舟岡山から京都の盆地を見下ろして、京都に都を造ろうと決意した天皇は誰でしょうか?
A 聖武天皇  B 桓武天皇  

これは、ごく簡単な問題で、京都検定は3級程度の問題です。正解は「 B 桓武天皇 」ですね。全員正解です! このため、舟岡山は別名、平安京を定めるきっかけとなった「 国見の丘 」と呼ばれています。

【 第2問 】
西陣の地に邸宅を構え西陣という地名の由来となった武将は誰でしょう?
A 山名宗全  B 細川勝元

だんだん難しくなります。正解は 「 A 山名宗全 」という武将になります。細川勝元は現在の京都御所の辺りに陣を構え、山名宗全がこの辺り一帯に陣を構えたことから、細川勝元の東の陣から見て山名宗全の陣は西にあったことから「 西陣 」という地名になりました。この山名宗全の邸宅が堀川通今出川上がったところあり、今日、山名町という町名が残っており、邸宅跡の石碑が建っています。

【 第3問 】
紫野に紫野院という天皇の離宮がありました。この離宮を造った天皇は誰でしょうか?
A 嵯峨天皇  B 淳和天皇  C 仁明天皇

京都検定で言うと2級レベルです。正解は 「 B 淳和天皇 」 です。半分くらいの方が正解ですね。第54代の淳和天皇がこの辺り一帯に紫野院という離宮を造営し、それが後に雲林院という寺院に変わっていきます。今の大徳寺交差点の直ぐ南側にある雲林院という小さなお寺が、かつての淳和天皇の紫野院を発祥とする寺です。紫野院が改められて、後に「 雲林亭 」と呼ばれる離宮となって、それが雲林院というお寺になりました。この辺り一帯は、平安京の外で大きな野が広がった場所で、「 紫野 」という野原だったんです。この地は天皇ゆかりの場所であったことから、最も高貴な色である「 紫 」をとって「 紫野 」という一般の人が立ち入ることができない天皇専用の大きな離宮として歴史を重ねてきました。今は、大徳寺の小さな塔頭となっていますが、かつては『 伊勢物語 』など様々な文学作品に出てくる巨大寺院でした。紫野で余生を過ごした人物なので紫式部と呼ばれ、今も、直ぐ近くに墓所が残っています。夏が終わりますとこのお墓に紫式部という植物が紫色の小さな丸い実を付けます。

【 第4問 】
紫竹に邸宅を構えていた人物は誰でしょう?
A 源義朝  B源頼朝  C源義経

これも京都検定2級クラスの問題です。正解は 「 A 源義朝 」 です。今から800年前の平安末期、大きな武士集団の源氏を率いた棟梁がこの源義朝で、その息子が鎌倉幕府を開いた頼朝であり、その弟が義経です。この辺りに義朝が大きな屋敷を構え、そこで義経が生まれました。今でも紫竹牛若町という町名が残り、牛若丸が産湯を使ったという井戸の遺跡が残っています。畑の中に牛若丸の産湯井や胞衣塚(臍の尾を納めた塚)が残っています。義経の母、常磐御前が安産祈願を願って腹帯地蔵を祀ったとされるのが光念寺で、ガイドブックにもほとんど載っていませんが、義経の歴史散策など、まち歩きでたびたび訪れるお寺になります。

【 第5問 】
洛北随一の大徳寺は、その特徴から京都の人に○○面と呼ばれていました。さて、なに面と呼ばれてきたでしょう?
A 声明面  B 武家面  C 茶面  D 算盤面

さぁ、難しくなりました。正解は 「 C 茶面 」 です。それぞれの禅寺には特徴があり、声明が大変美しいのが御所の北側にある相国寺。南禅寺は藤堂高虎が寄進した山門が残るなど武家との繋がりが深いことから武家面といいます。日本最大の禅寺で境内にたくさんの塔頭を抱える妙心寺は算盤面といいます。大徳寺は、茶道にゆかりがあります。現在でも千利休が造った山門が残り、石田三成公ゆかりの三玄院、前田利家公ゆかりの芳春院など戦国武将が建てた塔頭にもお茶室が残ります。さらに、表千家、裏千家、武者小路千家の三千家のお墓がある聚光院というお寺などがあることから「 茶面( ちゃづら )」と呼ばれています。全問正解の方に拍手をしてください( 拍手 )。

私たち「 らくたび 」は京都の歴史とか魅力に付加価値を作り、発信をしていくために様々な事業展開をしています。ちょうど12年前に起業した会社で、私と相方の山村の二人が代表取締役で共同経営をしています。大学時代の同級生です。私は愛媛県生まれの大阪育ちなので、まったく京都にゆかりがありませんでした。しかも、大学の専攻も理工学部機械工学科で、まったく歴史を知りませんでしたが、せっかく京都の大学に来たので京都でしかできないアルバイトをしようと思い、学生が観光ガイドをする学生ガイドというサークルに入りました。そこで初めて修学旅行生や一般旅行ツアーの観光ガイドをする中で、一つ一つ、歴史を学びました。やはり、人と話しをすることで、真剣に勉強しますし、上手に伝えられると喜んでもらえますので、大学4年間、ひたすら観光ガイドに明け暮れました。旅行会社から仕事を頂くために営業するなど会社経営のようなサークル活動でした。上級生になると、後輩にを勧誘して、教習で歴史と社寺を教えて、一人前のガイドに育てて修学旅行などのガイドに行ってもらうということで、私自身4年間、観光ガイドに従事しました。

どんな中で、いつかは京都で歴史を伝え魅力を伝えるという仕事をしたいと思うようになりましたが、それですぐに生活ができるとは思わなかったので、大手の機械メーカーに就職して大型クレーンの開発設計をしていました。そして、29才の時に起業準備をしようということで、正社員を退職して、派遣労働に切り替えて、3年間の準備期間を経て31歳の時に「 らくたび 」という会社を設立して、京都の魅力をとにかく発信することにしました。
その発信の仕方は、しゃべっても良い、文章を書いて本にしても良い、ツアー企画にしても良い、どんな形でも発信しようということで会社を経営し始めました。今でも観光事業、出版事業、京町家事業の大きく3本の柱で事業展開を行っています。

一番最初に立ち上がったのが観光事業で、今も様々な観光商品、旅行商品を提供しています。お手元の「 らくたび通信 」をご覧いただくと、まずは「 京都さんぽ 」というジャンルがあって、ここでは京都の歴史的な社寺を散策する現地ツアーが並んでいます。よく見ると、あまり聞いたことがないような社寺を訪ねるなど、そこそこマニアックな社寺であったりします。京都の奥深いツアーを制作していることが特徴です。

さて、一般の旅行会社は「 発地型観光 」を提供しています。例えば、皆さんが北海道に行かれるときは、京都の旅行代理店で北海道行きのツアー商品を購入して北海道に出かけます。これは旅行の出発地点である京都で旅行商品を購入して北海道に行っていますので、このような旅行商品を「 発地型旅行 」といいます。ほとんどの旅行が、この発地型旅行です。皆さんがフランスなど海外に行くときも京都でフランス行きの旅行商品を購入していると思うんですね。しかし、私たちが提供している京都の旅は「 着地型旅行 」といい、京都に旅行に来られる観光客に対して京都の旅行会社である「 らくたび 」が色々な旅行商品を用意しています。その地域を専門として、かなり深いところまで地域の魅力を見せる企画を行い、今までの発地型旅行には無かったような奥深い京都の魅力を見せるツアーを用意しています。
私たちが提供する奥深い京都の旅は、リピートを重ねる方が多くなります。そういうリピートの方に対して、年会費3千円で「 らくたび会員 」に入会していただき、先ほどの「 らくたび通信 」を年4回、春・夏・秋・冬にお届けしています。通常、このような奥深い旅行を提供するパンフレットは、何十万部も刷っても、なかなかピンポイントで「 行きたい! 」というお客様の手元に届くことはありません。けれども、奥深いツアーに行きたいと思う観光客は、インターネットで自らが奥深い京都の情報を検索していますので、私たちはホームページ上でこういう奥深い京都の情報を提供しておけば、観光客が自らアクセスして情報をキャッチして、弊社の京都現地散策ツアーにご参加いただきます。
そして、この初めてのご参加がチャンスです。初めて参加していただいたお客様に、2回目、3回目のリピートをどれだけ重ねていただけるか、これが私たちのチャレンジです。初めてのお客様と私たちツアーの講師が個人的な会話を交わすなど、2回目、3回目も来ていただけるよう、色々な工夫を凝らしながらチャンスを生かす様にしています。そして、「 らくたび会員 」になっていただき、「 らくたび通信 」を発信することによって、リピートを重ねてもらっています。5千部という少ない発行部数で効率よくお客様にお届けします。

さらに、京都観光ガイドも行っており、ガイドが色々な社寺をご案内したり、旅行会社向けや会社の慰安旅行などテーマ性のある旅行企画を行ったりしています。京都の魅力を伝えるためには観光ガイドが必要になりますので、ガイドの育生にも取り組んでいます。「 らくたびガイド 」という組織を作り、多くのガイドが育っていますが、そのガイドも元々は、私たちのツアーの参加者が多くいます。何度も参加して京都の知識が増えてくると、自分も京都の魅力を伝える側になってみたい、ガイドをしてみたいと思う人が一定数、出てきます。そういう人達に、人前で話すためのスキルや、人に伝わりやすい話の組み立て方など、ガイドとしてのスキルを伝える「 京都観光ガイド育生講座 」を行います。育成講座は2年ごとに実施していまして、現在6期生が誕生しています。その6期生の皆さんが、今、観光協会と共同で二条城の日本語公式ガイドとして毎日、二条城をご案内をしています。1カ所の知識を覚えれば、毎日同じ知識でお客様を接客します。観光バスガイドは京都全般の知識を要求されますのでなかなか難しい仕事ですが、まず1カ所だけ覚えて人と接する練習をしてから次のステップに上がってもらいます。
また、そのガイドの知識を観光に来られるお客様に提供するため、京阪電車の祇園四条駅にある観光案内所を、京阪電車と共同で運営しています。365日、朝の9時半から夜の6時半までの案内で、日本語対応が一人、英語対応が一人です。また、京阪電鉄の出町柳から七条駅までの各駅に「 駅から始まる60分の散策 」、「 90分の散策 」、「 120分の散策 」というマップを京阪と共同で作成して配置しています。
さらに、私たちの京都の観光ノウハウを生かして、様々な商品開発や店舗デザインのコンサルティングを行っています。例えば、土産の物販店のコーディネートも行っておりまして、毎月、店舗の商品展開のアドバイスを行ったり、季節に合わせた店舗デザインのアドバイスを行ったりしています。しっかりと季節毎の物語をつくって、そこでお土産を買う蓋然性や必然性を提供しています。また、ホテルのプロデュースなども行っており、フロントロビーに置く京都本などのチョイスや、ホテルから始める散策ガイドの提案などを行っています。

出版事業としては「 らくたび文庫 」を立ち上げて、仏像・庭園・建築などテーマごとに1冊ずつ現在58冊、シリーズで本屋さんに並んでいます。古都のことを本にするということで「 株式会社コトコト 」という出版社を設立しました。また、昭文社のマップルなどの京都の旅行案内書のコンテンツの半分くらいは弊社で作成して京都の魅力をお届けしています。その他に、京都に特化した企業のWEBの制作やコラムなどコンテンツの提供をしています。

最後に京町家事業で、現在のところ、最後に立ち上げた事業になります。どうしても京町家で仕事をしたいという思いがありましたので、7年ほど前に四条西洞院にあった四条京町家に入って京町家の運営を行っていました。その後、蛸薬師通高倉西入ルの国登録有形文化財となっている京町家に事務所を構えました。そして、町家の空間を使って様々な文化体験を創出しています。
毎月「 ゆるり茶会 」と称して季節を感じるお茶会なども開催しています。作法にこだわらない茶会で、季節を感じお菓子を美味しく頂いていただき、点心やお酒も準備して、気軽な観光としてのお茶会です。その他、ハロウィンなどスタッフも変装して楽しく開催します。また、夏は流しそうめん、ビニールプールの水遊びなども開催しています。さらに、昨年、事務所を構えた紫野の町家にある大きなおくどさんを使って、一汁三菜の昔ながらの食事を楽しんでいただいています。この2軒の町家を活用して、京町家の暮らしの文化の体験をしていただきます。例えば、夏と冬に障子や襖と葭戸とを入れ替える建具換えなども観光体験事業として実施しています。鴨居が下がって建具が入りにくくなっていても、みんなで鴨居を持ち上げる昔ながらの作業を楽しんでいただいています。
今、観光では暮らすように旅するという言葉がありまして、今までは金閣・銀閣を見るという物見遊山の旅でしたが、こうした見る観光を終えた人々、または学習効果が高い年配の方々は、より学びが深い「 学習観光 」へと移行しています。「 なぜ、清水寺は舞台造になっているのか・ 」「 なぜ、金閣寺はあんなに煌びやかなのか? 」、その裏には歴史があり様々な文化がありますので、そういったものを知って見に行くという学習観光が最近盛んになってきています。私たちは、そういった学習観光を専門としてみなさんに提供しています。そのために必要な町家の室礼などについても色々な工夫をしています。先ほどの建具替えもそうですが、床の間のお花も町家でお花のお稽古をしていただいた後の花材を活用したり、掛け軸やお茶道具などもスタッフやお客様から頂いたりします。桃の節句や端午の節句など年中行事の道具類も頂き物を活用して観光的に体験していただいています。京町家は建物も大切ですが、建物の中で営まれた暮らしがあっての京町家だと思いますので、その暮らしや行事を観光の方にも体験していただき、家に持って帰っていただくなど、日本人としての知識や年中行事を残していければ良いのではないかと考えています。さらに、貸し会場として京町家を使っていただいています。
私たちが思った以上に、京都の歴史とか年中行事、暦にはニーズがあるなと感じています。自分たちの思わないところから依頼があり、いろんな形で業務が広がっていますので、これからも様々な形で京都の魅力を伝えていきたいと思っています。

<質疑応答>
佐藤)「らくたび」さんの主な対象者は日本人観光客だと思いますが、今後、海外の方に対して着地型のサービスを提供したり、海外の方の要望に応えて観光プログラムを組んでいくご予定はありますか?
若村)そのご質問は良くお受けしますが、今のところはしていません。何故かというと、そもそも私が英語を全く分からないことと、リピート性の有る商品を展開しており海外の方はそんなに頻繁なリピートは無いと思っており、これまで、そういうニーズを聞いてこなかったからです。けれども、観光案内所に英語スタッフも配置しており、京町家でお抹茶体験などもしていますので、そろそろやってみようかなと思っているところです。

大島)ありがとうございました。「らくたび」の名前の由来は何でしょうか?
若村)良く、楽な旅をするんですかと言われますが、昔から京都は「洛」という文字を使って「都」を表していました。例えば、町中を「洛中」とか、郊外を「洛外」とか、都に行くことを「上洛」といいますので、この「洛」という京都を旅しましょうと言うことで「らくたび」とい名称にしました。
大島)着地型の観光としては、他にも「まいまい」さんとか「ワックジャパン」さんとかいろいろありますが、「らくたび」さんの特徴とか強みは何でしょうか?
若村)私たちは、歴史や各ジャンルの専門家を招いてガイドするツアーは実施しておらず、京都の魅力を伝えるプロのガイド育成を行い、専属のプロガイドによる京都観光ガイドツアーを実施しています。例えば、金閣寺を案内するとしても、金閣寺そのものは誰が案内しても内容は一緒なんです。何が差別化か?というと、ガイドその人なんです。誰が案内するかで面白くもなり、面白く無いことにもなります。人を介して京都の魅力を発信しているので、その人の発信の仕方によっては本当に魅力的にも見えるし、全然つまらなかったりしますので、発信する人の育成が重要になります。京都の魅力を発信する人に付加価値があるので、同じように散策をしても、同じような道を歩いても「 あの先生と行きたい 」と思ってもらえれば、これは「 らくたび 」にしか出来ない旅行商品であり、競合が無くなります。人に価値を置いて企業運営をしていくことが非常に大切だと思っています。旅行というのは特許がないので、ひとつ企画がヒットすればどの旅行会社も、みんな一斉に同じようなツアーを企画します。ですので、人で差別化をすれば、人にお客様が付いてくる、ファンが出来るという状況になります。
大島)そういう意味では飲食店もリピーターが多い店というのは、料理の味も大事ですけど、誰がどのような接客をしてくれたか、人が大事になってきていますよね。そういう時代なんですね。
若村)いろんな地方自治体にお招きいただいて、いろんな観光関連の講演をさせていただく機会がありますが、皆さん異口同音に「 いやー、ウチの地域には何も魅力が無いですから・・・ 」とおっしゃいます。しかし、本当にそうでしょうか。例えば、ある地域に講演へ行った時、「 京都は良いですよね、うちの地域は何もないですから・・・ 」と、やはり同じようなことをおっしゃるんですが、私からすれば、その地域には自然豊かな自然があったり、大きな川が流れていたり、素晴らしい伝統工芸品がありますので、「 〇〇〇があるじゃないですか! 」というんですが、その地域に暮らす人びとによっては、その自然や伝統工芸品は普段の当たり前のことなので、それに対して感動がないんです。地域の魅力に感動していない人が、そこを訪ねて感動しようと来た観光客に、何を言っても絶対に感動をさせることはできません。私にもこんな経験があって、ある時、私がツアーの講師として京都を案内した時、参加者のお婆ちゃんが下鴨神社の糺の森の紅葉の上を歩いたときに「 ああ、やっぱり京都の紅葉は足裏に優しい♪ 」とおっしゃったんです。絶対、何処の紅葉でも同じなのに、そのお婆ちゃんは京都に感(動)しているから、紅葉の足裏の感触まで京都なんですね。このお婆ちゃんの感動を越えるような感動を私たちが持っていないと、私たちはどんなことを言ってもお婆ちゃんに感動を与えられないと思うんです。観光というのはその地域の魅力に感動しに行くことです。感(動)しに行くので、感している人が発する言葉だから、その人も感するわけです。また、あの先生の話を聞いてみたいとか、あのガイドさんと一緒に京都を廻ってみたいとか思うわけで、私たちはどんな時も、お客さんより感動していないとだめなんですね。でも、毎日、京都の歴史や社寺を見てますから、ガイドの中でもベテランになると次第に感動が無くなってきて、歴史や社寺の知識を伝え始めてしまいます。すると、直ぐにクレームとなります。感動がない、ただ知識を話しているからです。実は、新人ガイドほど、人の感動を呼びます。汗を一杯かいて熱意が感じられると、これがいいガイドという評価に繋がります。知識ではなく、その人がどれだけ京都に感(動)しているか、その感がお客様の心に移って、感動とか、また行きたいという動きになります。感するから動くということなんですね。「 理屈では人は動かない 」と言うことを肝に銘じてやらないとだめなのかなと思います。地元の人は地元に慣れているから、杉木立の山を見ても何にも感動していません。私たちが「 わー、やっぱり木曽の檜はすごいな 」と思っているのに、地元の人がそこに一切感動していないのです。これでは、旅行商品が提供できないということになります。そこが、各地域の旅行商品の企画で一番難しいところです。

大島)そういう意味で言うと観光の「かん」は感動の「かん」で、国の光を見るのではなく、感動しに行くのですね。
若村)感動している人がしゃべらないといけないのです。感動している人が本を書かないと何も伝わらないのです。観光は「感行」なんです!

洞本)感想だけ。双葉書房の洞本です。若村さんとは色々とお仕事をさせていただいて、前から知っているんですけど、お会いする時は大概、宴会なんです。こんなに色々知識を持ったはる人なんだなと、改めて感動しました。また、仲良くしてください。

加島)北区役所でまちづくりの仕事をしています。今、観光の分散化ということが京都市全域で課題になっています。区役所としても、そのためになにか来年度から出来ないかなと考えています。行政としては、地域の住民の方に支持されるような観光の取組をしていかないといけない。一方で、何かモチベーションが起こらないと地元の商業者の方も事業者の方も本気になってくださらない。行政としては、そういうところの仲立ちのような役割を果たさなければならないのかと考えたりしています。けれども、今まで、区役所で観光事業に手を出したことがないので、少し、リスクも心配しながらも来年度、新しい取組をやっていかなければならない状況にあります。そこで、なにかアドバイスをいただければと思っています。例えば、地元の会長さん達が集まっておられるような組織がある一方で、商店街の皆さんが集まっておられるような会合があります。そういった両者の間を調整するような組織体を作ってはどうかと考えていましたので、そういったところでアドバイス的な役割を果たしていただく余地があるのかお伺いします。
若村)地域から魅力を見せようとした時に課題となるのは、ディープ過ぎる情報を提供することです。お客さんはそこまで求めていないのに、ちょっと難しいことを提供したり、奥深いことを提供しすぎると、お客さんが望むことと、こちらが提供することの間にハレーションが起こることです。例えば、あそこのご住職の話は良いんだけど、長いんだよね、ということをどのように抑えていくか、その橋渡しをしっかりとして、お客さんに喜んでいただく形にプロデュースをしていくことが大事になります。ですので、お客さん目線で地元の魅力をどのように伝えたら良いか、が肝心です。魅力の伝え方です。その魅力をそのまま出すと、ちょっと濃すぎたりします。如何に薄めたり、綺麗な形で並べ直して、魅力をプロデュースをしてお客様に提供するか、ということが必要になります。お客様あっての観光であり、お客様にどれだけ魅力が伝わって来ていただけるか、ここをしっかりすることが大切です。
加島)行政の観光事業は全国に沢山ありますが、成功とは言えない事例が多いように思います。やり始めるのは簡単なのですが、後が怖いと思っています。
若村)地元の魅力を繋げれば何とかなるのはなるのですが、お客さん目線で見ると全然旅行商品になっていないとか、少し深すぎたり、ちょっと違うかなというところもあったりします。

吉田)その場合、民間が主導しなければいけないと思うのですが、行政は何処まで、手助けをしたら良いのでしょうか。
若村)私たちがツアー企画などでお寺とか文化財所有者の皆さんの所にお伺いしても、なかなかご理解いただけない場合があります。その際、行政が、こういう主旨で、こういう目的で地域の魅力を見せるという具合に橋渡しをいただければ、その素材を私たちは上手く調理をしてお客様にぴったりと合う形でお見せすることができます。私たちがいきなりお寺などに行きますと最初はなかなか理解していただけません。けれども、人間関係を作っていくことが大事なので、私たちも地元に入ってご住職とお話しをする中で一緒に企画を作り上げていくのですが、行政にご一緒いただけると、その辺りが非常にスムーズに進むのかなと思います。
吉田)京都市も一局集中した観光客を分散さていこうという政策に転換を始めたところです。そうすると、北区とか西陣など余り観光客が来られなかった地域にも来てみたいと思われる方が増えてくると思います。その場合の行政の役割とは何だと思われますか?
若村)お客様目線で言うと始めから西陣だけにフォーカスするのではなく、京都全域で隠れた京都を見つけるという形で西陣と他の2地域くらいとセットにしたツアーがよいのではないかと思います。そうして、2回目、3回目で1日、西陣だけの、あるいは花園だけのツアーをやると、お客様も入ってきていただけます。
寺田)着地形観光で難しいのは、その地域の人が感動することを忘れていることではないかと思います。その感動を忘れた地域の人間が集まって、観光振興しようとしてもうまくいかないのではないかと懸念します。行政も本気で観光振興をしようとするのであれば、これまでにように、地元の有力者を集めた従来型の組織作りから脱却する必要があるのだと思います。やはり、この地域に感動している人に主役なっていただき、行政の役割としてはそういう人達が働きやすくしてあげること、そのための環境整備をしていくことにあると思います。

宗田)「らくたび」の従業員は20名くらいで非常に適正な規模だと思います。観光事業をしつつ出版も町家事業もされていますが、「らくたび」以外の人も多くの人がやっていますが事業として上手く行かない。みんなNPOだったりボランティアだったりします。こうした企画ものの着地型観光はお客さんの数に大きな変動がありますのでNPOベースでボランティアでやるくらいの収益しか上がらないからです。「らくたび」さんは2006年の創業で、私も2008年に株式会社コトコトから「京都町家案内」を出さしていただきましたが、その時、どんな会社だろうと思っていました。そしたら、その後、WMF(ワールド・モニュメント・ファンド)の支援を受けた中京の町家を事務所にされましたが、あれだって会社の規模にしては大変な冒険だと思っていましたが、今度は2軒目の紫野の町家を借りられました。どういう資金繰りで事業運営をされているのでしょうか。資本金1,000万円でスタートされたと記憶しています。最初は、お二人で始められて、徐々に仲間を増やして現在20名になっています。何が成功の秘訣ですか?
若村)一番シンプルなお答えとしては、観光は仕入れがないので、入ってくるお金がほぼ収益になるということです。売上げと収益がほぼ一緒なのです。講演に行って、5万円、10万円の売上げがあると、それがほぼ純利益なんです。ですので、資金が滞ることなく廻ります。出版事業は、収支にタイムラグがあり少し大変なのですが、それ以外は、非常にシンプルです。
宗田)売上高に占める利益率が高いということですが、年商はどのくらいなのでしょうか
若村)1億ちょっとくらいです。
宗田)1億ちょっとの年商で、2軒の町家を維持していくことは可能なのですか。銀行融資などは受けておられるのですか。
若村)無理なく賄えています。銀行融資も通常の長期借り入れはあります。
宗田)ここにお集まりの皆さんは、どうすれば、新しいビジネスがうまくいくのか知りたいと思っておられると思うのです。人をベースにした職人企業ですが、なかなかうまくいかないものです。その点「らくたび」さんは非常に上手にやっている。少しタイプは違うけれどもリーフさんも上手にやっておられる。京都だから出来るのか、それとも新しいビジネスモデルを発明したのか、みなさん非常に関心があると思うのです。
若村)3つの事業のうち、出版事業はほぼ利益が出ません。町家事業もそこまでの収益は出ていません。基本的には観光事業の収入です。けれども、町家に入ってすごかったのは全ての商談がうまくいくということです。らくたび京町家に来られた企業の方には全て契約していただけます。前の町家と比較すると中京の町家の家賃は4倍くらいしましたので、やっていけるのかなと思いましたが、町家に来られた企業さんとはほぼ全て契約いただけたということで、一気に売上げが上がっていきました。あの町家の良さに、私たちの会社がふわっと持ち上げていただいたような感じがします(笑)。
宗田)町家で商売する人は沢山いますが、全員が成功しているわけではありません。町家に商品を並べればよいというものでは無い。町家で食事を出せばよいというものでは無いのです。ちょっとした町家の室礼とか、町家の使い方など秘密があると思うのですが、町家をどう理解するかが鍵になると思います。
吉田)紫野の町家は私が紹介させていただいたのですが、若村さんは非常にシビアにご検討されました。そして、家主さんも理解のある方で、地域に貢献できるのであれば家賃は格安にしても良いということで、ご協力いただきました。
若村)出版と観光と町家はそれぞれに相乗効果があります。本を書いている人がガイドすると付加価値が全然違います。また、観光ガイドをしていると東京のライターには書けないまち歩きが書けます。京町家を観光の商品にすることはなかなか出来ないのですが、自分たちの町家ですから何でも企画できます。これまでは、東京のカメラマン、ライターが来て、秋の写真をパパっと撮って、来年の秋の京都本は東京の出版社が全部発行して、収益を上げていました。会社を立ち上げる際に、京都というコンテンツで稼いでいる京都の会社が無いということに問題意識を持っていました。大手の旅行会社が東京で募集して東京で収益を上げています。京都には食事とか宿泊のお金が落ちているかも知れませんが、本当のコンテンツ、ソフトで稼いでいる会社は無かったのです。全てのソフトを東京の会社が持って行っていることに問題を感じていました。

宗田)京都の淡光社とか「月間京都」の白川書院さん、リーフさんがその関係を壊して、「らくたび」さんがさらにその外側にいるという状況にあると思っています。それぞれが、少しずつ異なる役割で京都の文化発信をしています。
若村)私たちは、あくまで観光という領域からから出ません。専門家になりません。観光に来られるお客様が望む京都をしっかりと発信することに注力しています。
宗田)センスの良さを感じます。観光客のニーズを上手くとらえるところが一番大きいと思います。
若村)それも、全国で京都が好きで集まっている人の所に自分が行って京都学の講師として講演をしていると、京都観光に対する温度感を感じることができ、それを本にしたり、ガイドとして発信していることが、「らくたび」のセールスポイントです。

宗田)マーケティングの世界に置き換えますと、発地型観光と着地型観光は、プロダクトオリエンティッドかマーケットオリエンテッド、つまり川上と川下という関係になります。しばしば、こんなに良い物だから売れるだろうと思って市場に出して全く売れなかったりするわけですね。ところが、マーケットの方の小さなニーズを切り出して、そこにフィットするように工夫をしてマーケットオリエンテッドでやると、とたんに爆発的に売れたりします。若村さん達がやっていることはまさにマーケットオリエンテッドの観光事業なんですね。お茶を本格的にやろうとするとそれぞれの流派のお家元の気に入るような形で学ばなければいけないということがあります。そんな面倒なものはマーケットは受け入れないですよね。
若村)四季を楽しみ、お客様に一期一会で楽しんでいただくというお茶の精神だけは外さないようにしながら、面倒なしきたりの部分は、適度に外しているというのが観光のお茶体験です。そこから、本当のお茶に入っていただいても良いと思っています。
寺田)長い時間ありがとうございました。最後に若村さんに大きな拍手でお礼したいと思います(拍手)。